甲斐承太郎ねえ所長。
ちょっと思ったんだけどさ。
お店を開けてから、お客さんが一人で一品だけ頼んで帰ることが多いんだよね。
『ついでにこれもどうですか?
あれもこれも』って、もう一品買ってもらったほうが儲かるんじゃねえの?



承太郎さん。
あなたが気づいたその方法には、ちゃんと名前があります。
今選んでいる商品を少し上の商品に変えてもらうのが『アップセル』。
今の注文にもう一品加えてもらうのが『クロスセル』です。
ただし、何でも勧めればいいわけではありません。
原価を計算できるようになった承太郎さんなら、次はどの商品を勧めれば利益が残るのかまで考えてみましょう。
- アップセルとクロスセルは何が違うのか
- 「もう一品」で増える粗利と、提供の手間を比べる方法
- おすすめをメニューに載せ、営業後に売れ方を見直す手順



客単価を上げるなら、今の注文に合う上位商品や追加の一品を、メニューに用意します。
ただし、選ぶ基準は原価率の低さだけではありません。
追加で粗利がいくら増えるか、忙しい時間でも無理なく出せるか。
この2つを確かめて、まず一組を決めてください。
例えば、ラーメンに仕込み済みの味玉を追加する。
内容と追加料金を示しておけば、お客様が選びやすくなります。
実際に粗利が増え、提供も遅れなければ、その組み合わせを続けます。
第1章|アップセルは「上げる」、クロスセルは「足す」





アップセルとクロスセルねえ……。
まあ名前は違うけど、結局どっちも『もうちょっと買ってくださいよ』って話でしょ?
店員さんにおすすめされて、そのまま予定より高いのを頼んじゃうやつ。
全部まとめて同じじゃダメなの?



似ていますが、やっていることは少し違います。
アップセルは、今選んでいる商品を『上』へ変えてもらうことです。
例えば、普通の日本酒を注文しようとしているお客様に、少し値段の高い限定酒を紹介する。
一方のクロスセルは、今の注文に別の商品を『足す』ことです。
お酒を注文したお客様に『このエイヒレ、よく合いますよ』と料理を一品追加してもらう。
どちらも客単価を上げる方法ですが、動きが違うのです。
| 項目 | アップセル | クロスセル |
|---|---|---|
| やること | 今の商品を上位の商品へ変える | 別の商品を追加する |
| 覚え方 | 上げる | 足す |
| 居酒屋なら | 通常の地酒 → 季節限定の地酒 | ハイボール + エイヒレの炙り |
| 売上の増え方 | 選ぶ商品の単価が上がる | 注文する品数が増える |
自分のお店なら、何を「上げる」「足す」?
| 業態 | アップセルの例 | クロスセルの例 |
|---|---|---|
| 定食屋 | 通常の定食 → 肉厚な国産肉の定食 | 定食 + 小鉢・ドリンク |
| ラーメン屋 | 並のラーメン → 特製ラーメン | ラーメン + 餃子・ライス |
| カフェ | 通常のコーヒー → 季節限定の豆のコーヒー | コーヒー + 季節のケーキ |



難しく覚える必要はありません。
上に変えるのがアップセル。
横に一品足すのがクロスセルです。
価格だけを上げるのではなく、量・味・組み合わせなど、お客様が追加で選ぶ理由も用意します。



なるほど。
上か横かね。
横文字にした途端ややこしく聞こえるけど、やっていること自体は単純なんだな。
第2章|売上を増やす方法は「客を増やす」だけじゃない



でもさ、そんな一品二品を頑張って売るより、お客さんをドカッと増やしたほうが早くない?
広告を出して、SNSをやって、冷やし中華にカニを入れて行列ができる店になれば全部解決じゃん。
客が倍になれば、売上も倍!
……ほら、また経営の才能を発揮しちまった。



集客も大切ですが、昼の営業ですでに手いっぱいなら、さらに客数を増やしても回せません。
今のお客様に合う一品を、無理なく追加できないか考えてみましょう。
売上は『客数×客単価』で考えられます。
一人のお客様が平均して使う金額が、客単価です。
10人で売上が1万円なら、客単価は1,000円ですね。





客数が同じなら、客単価が上がると売上は増えます。
ただし、追加注文でも仕事は増えます。
調理・提供・洗い物まで含めて、一人で対応できる商品を選んでください。



でも、客単価ばかり上げても、席が空いてたらもったいなくない?
もっとお客さんを入れたほうがよさそうだけど。



空席があって対応にも余裕があるなら、集客を考える価値はあります。
反対に、すでに調理や会計で手いっぱいなら、客数だけを増やしても回せません。
追加注文には、新しいお客様を迎える際の案内などを繰り返さずに済む面があります。
ただし、手のかかる料理を追加で売れば厨房は忙しくなります。
客数と客単価のどちらか一方ではなく、今のお店で無理なく増やせるほうを考えるのです。



客を増やすことしか考えてなかったわ。
注文も片付けも会計も全部増えるもんな。
……じゃあ今度は、何を追加で売るか決めればいいんだな?



そこで適当に選ぶと、今度は別の問題が起きます。
第3章|原価率が低い商品を売ればいい……わけじゃない



分かったぞ。
だったら原価率が低いやつを調べて、それを片っ端からおすすめすりゃいいんだ!
原価率15%!
安い!
よし売れ!
……これでもう敏腕経営者になっちゃったよ。



惜しいですね。
ようやく数字を見るようになったのに、今度は一つの数字しか見ていません。
ここでは、物語の居酒屋『地酒と肴 狸寝入り』のメニューを例に比べてみましょう。
原価率だけでなく、一品売ったときにいくら残るのかも見ます。
「狸寝入り」のメニューを比べてみよう
以下は説明用の架空の試算です。実在店の実績や相場ではありません。販売価格・材料費は同じ税の扱いにそろえた比較用の金額とします。
| メニュー(売値) | 材料費(原価率) | 1品の粗利 |
|---|---|---|
| 焼き味噌(しゃもじ焼き)400円 | 60円(15%) | 340円 |
| エイヒレの炙り 600円 | 150円(25%) | 450円 |
| 余市りんごのサワー 650円 | 100円(約15.4%) | 550円 |
| ガラナ・ハイボール 600円 | 90円(15%) | 510円 |
| サッポロクラシック(樽生)650円 | 240円(約36.9%) | 410円 |
| 化かし蕎麦(〆)800円 | 280円(35%) | 520円 |



あれ?
焼き味噌とりんごサワーって、原価率はどちらも約15%なのに、残る金額は340円と550円で全然違う……。



その通りです。
原価率は、売値のうち原価がどれくらいを占めているかを見る数字です。
一品売ったときにまずいくら残るかを見るなら、粗利も必要になります。
焼き味噌は340円。
エイヒレは原価率が25%でも450円残ります。
だから『原価率が一番低いから、一番売るべき』とは決められないのです。
- 原価率=材料費÷販売価格×100
- ここでの1品の粗利=販売価格−材料費
- 焼き味噌なら、400円−60円=340円です。
上位商品へ変えるときは、粗利の「差額」を見る



じゃあ、粗利が500円の上位商品に変えてもらえば、500円増えるってこと?



元の注文でも粗利は残るので、増えるのは差額です。
ラーメン店なら、通常から特製への変更で比べてみましょう。
以下も説明用の架空の試算です。
| 比較項目 | 通常のラーメン | 特製ラーメン | 増える金額 |
|---|---|---|---|
| 販売価格 | 600円 | 800円 | 200円 |
| 材料費 | 150円 | 300円 | 150円 |
| 粗利 | 450円 | 500円 | 50円 |



売上は200円増えても、粗利が増えるのは50円です。
その50円のために調理が大幅に増えるなら、勧め方を考え直したいですね。
クロスセルなら、追加した商品の粗利を見ます。
ただし、セット割引を付ける場合は、割引後の売上から材料費を引いて比較します。



上位商品へ変えるなら『変更前との差額』、一品足すなら『追加分』で、粗利がいくら増えるかを見ます。
そのうえで、もう一つ確認するのが、その商品を出すために増える手間です。



頭がぱんぱん!
原価率を覚えて、粗利まで見て……。
店って、安く作れるものを売っときゃいいほど単純じゃないんだな〜。
第4章|ワンオペは「売れたら困る商品」をおすすめしない



つまり粗利も見ればいいんだな。
粗利が500円、600円って残る料理を片っ端からおすすめにして……注文がバンバン入ったら大儲けだ!



その注文を、誰が作るのでしょう?



…………。



そう。
ワンオペでは、売れた商品の数だけあなたの仕事も増えます。
だから粗利だけでなく、その一品を出すために何分手を取られるかも考えます。
冷蔵庫から出して盛るだけの商品と、注文を受けてから焼き始める商品では、同じ粗利500円でも負担が違います。
| メニュー | 注文後の主な作業 | おすすめ前に確かめること |
|---|---|---|
| 余市りんごのサワー | 注いで仕上げる | 材料・グラスが手元にあり、すぐ出せるか |
| エイヒレの炙り | 炙って盛り付ける | 加熱器具がほかの料理と重ならないか |
| 焼き味噌 | 温め・焼き工程 | 焼き場をふさがずに出せるか |
| 特製ラーメンへの変更 | 具材を追加する | 盛り付けだけでなく、具材の仕込みも増やせるか |
| ラーメンに餃子を追加 | 焼いて盛り付ける | 麺上げと餃子の焼き上がりが重なっても対応できるか |



でもさ、粗利が大きいなら、多少面倒でも売ったほうが得じゃん!



余裕のある時間なら候補になります。
しかし、満席のときに手のかかるおすすめ料理が三つ同時に入ったら、どうなりますか?
飲み物も片付けも遅れ、厨房で一人、なぜ自分でおすすめしたのかを考えることになります。



自分で注文を増やして、自分で詰まるのか……。
「手間」は、注文後の調理だけではない
仕込み → 注文 → 調理 → 盛り付け → 提供 → 洗い物



ワンオペのおすすめは、粗利が増える+注文に合う+無理なく出せる商品です。
忙しい時間にはすぐ出せるもの、余裕のある時間には調理が必要なもの、と勧め分けても構いません。



なるほどな。
『売りたい商品』って、値段が高いやつでも、原価が安いやつでもないのか。
……だったら、『何をおすすめするか』を決めておいたほうがよさそうだな。



その通りです。
次はそれを、メニュー表に仕込みます。
第5章|営業前に「次に勧める一品」を決めておく



でもさ。
お店を開けてみたら、接客と調理で手一杯で、おすすめを考える余裕なんてないんだよ。
毎回、何を勧めればいいか迷うし。



毎回考える必要はありません。
営業前に、何を何と組み合わせ、どう紹介するかまで決めておきます。
接客するたびに『このお客様には何を勧めよう』と考えていては、頭がいっぱいになります。
だからメニューを見直すときに、次の提案までセットにするのです。
| 決めておくもの | 考え方 | 例えば |
|---|---|---|
| アップセル候補 | 今の商品より上を選ぶ理由がある | 通常の地酒 → 季節限定の地酒 |
| クロスセル候補 | 今の注文と一緒に楽しめる | ハイボール + エイヒレの炙り |
| 忙しい時間の候補 | 粗利が増え、すぐ提供できる | 仕込み済みの小皿など |



なるほど。
酒を頼んだ客にはこれ。
こっちを頼んだ客には次はこれ。
……最初から組み合わせを決めておくのか。



そうすれば、一から考えなくて済みます。
しかも、おすすめは口で勧めるだけではありません。
内容と追加料金が伝われば、お客様自身で選びやすくなります。
購入前に見えるメニューや券売機の表示で、通常と特製の違い、追加できる味玉やライス、料金を示します。
席で注文する店なら、メニューを選んでいるときが提案の機会です。


メニュー表に「次の注文」を仕込む





おすすめは、接客が上手な人だけの技術ではありません。
『何と組み合わせるか』『いくら追加になるか』『売れたときに回せるか』を決めてから、メニューに載せます。



てっきり『本日のおすすめでーす!』
って元気よく言えるやつが売上を伸ばすのかと思ってたわ。



毎回声を張らなくても、選択肢が伝わるようにしておくのが、設計というものです。



それは助かる。
毎日おすすめを叫ぶ店主にはなりたくないもんな。
第6章|売上が増えても、利益が残るとは限らない



ここまで仕込んどけば完璧だな。
おすすめが売れる。
客単価が上がる。
売上も増える。
つまり売上さえ伸びてりゃ、店は順調ってことじゃん。



ここでも、一つの数字だけを見てはいけません。
予定した材料費で出せたか、仕込みすぎて廃棄が増えていないか、ほかの注文が遅れていないか。
実際に売って、初めて分かることがあります。
| 営業後に見ること | 確認する内容 | 見直しの例 |
|---|---|---|
| 選ばれ方 | 来店客数と、対象商品の販売数 | 客数が増えただけか、選ばれる割合も変わったかを見る |
| 増えた粗利 | 実際の販売数と材料費、値引き | 想定より材料費が増えた理由を調べる |
| 追加の負担 | 仕込み時間、提供の遅れ、売れ残り | 仕込み量や勧める時間帯を変える |



例えば、味玉が5個から10個に増えても、来店客数も倍なら、選ばれる割合は同じかもしれません。まずは「来店客数・対象商品の販売数・遅れや売れ残り」をメモし、同じ曜日・時間帯など近い条件で比べましょう。



特製への変更で粗利が50円増える試算なら、10件で通常商品より500円多く残ります。ただし、提案がなくても特製を選んだ人は含まれるため、これをそのまま「おすすめによる利益増」とは数えません。一日の売上や、ほかの注文を遅らせていないかも合わせて見ます。



なるほど。
売れた数だけじゃなくて、売ったあとどうなったかも見るのか。



そして、おすすめするタイミングも大切です。
最初の一杯を選んでいるお客様なら、少し上のお酒を紹介できます。
飲み始めたお客様なら、それに合う料理を紹介できます。
ですが、伝票を持って立ち上がったお客様に
『ところでエイヒレはいかがですか?』
と言ったら、どうなりますか?



え?
帰らせてくれない?



そう受け取られても困りますね。
「いつ勧めるか」までセットで考える
- 注文するとき: 好みに合う上位商品を、価格の違いも添えて紹介する。
- 食事や飲み物を楽しんでいるとき: 今の注文に合う一品を紹介する。
- 食後に追加を探しているとき: 〆やデザートなどを紹介する。
- 満足している、断られた、会計に入ったとき: 重ねて勧めない。



粗利が増え、一人で提供でき、お客様が欲しい場面にも合っているか。
実際の注文と提供状況で答え合わせをします。
まず一組を試し、売れ方や負担を記録して、続けるか直すかを決めてください。



原価率だけ見てたときより、ずいぶん話が増えたな……。
でも、勧めて終わりじゃなくて、売れた後を見ればいいんだな。
まとめ|「もう一品」は、利益と手間を見て決める



最初は『もう一品売れば儲かる』という、ずいぶん元気な話でしたね。
実際には、何でも勧めればいいわけではありません。
アップセルで少し上の商品を選んでもらう。
クロスセルでもう一品追加してもらう。
その中から、増える粗利と手間を見て、お店として売りたい商品を決めておきましょう。
| 見るところ | 確認すること |
|---|---|
| 増える粗利 | 上位商品なら変更前との差額、追加商品なら追加分でいくら残るか |
| 手間 | 仕込みから洗い物まで、一人で無理なく対応できるか |
| 組み合わせ・タイミング | 今の注文やお客様の希望に自然につながるか |



ワンオペで売りたい商品は、原価率が低いだけの商品ではありません。
粗利が増え、無理なく提供でき、今の注文に合う商品です。
まず一組をメニューに載せ、販売数・材料費・提供の遅れを見て調整してください。



最初から完璧なおすすめを当てるんじゃなくて、今あるメニューで一組選んで、売ってみて直せばいいのか!
でも、比較する材料費をまだ整理できてないんだよね。
所長、こういうの便利なやつあるんでしょ?



ありますよ。
原価計算の記事で、Excelの『原価計算&レシピシート』を無料配布しています。
まずは、おすすめにしたい一品の材料と使用量を整理してみましょう。
上位商品への変更なら、通常と上位の二つを計算します。
それぞれの売値から材料費を引き、粗利の差を比べれば、勧めたい商品を判断する材料になります。



急に喋りがなめらかになったな。
でも、それが欲しかった!



まず一品分で構いません。
原価計算の記事から来た方も、計算した数字を使って候補を比べてみてください。
すでにシートを持っている方は、そのまま使えます。
作業の手間は別にメモし、数字と合わせて判断します。





